2012年1月21日土曜日

みなさん、ありがとう

皆さんから、年賀状やお礼の手紙、そしてお菓子や手作りケーキ。そして、シャンプーや衣類、調理器具までたくさんいただきました。

本当にありがとうございます。

できるだけ早く、復興の湯の再興を成し遂げたいと思っています。

皆さんの、お力添えをお願いします。

昨日から、薄っすらと雪になりましが、今はまったくありません。

現在の復興の湯事務所(最初の復興の湯のあった、高萩さんの工場)から見た復興の湯と陸前高田市街です。(1月22日午後4時)

雪はないですよ。でも少し内陸部に行くと雪です。

左下のダンプの脇が、復興の湯のあった場所です。

市街地は、がれきの撤去が進んでいます。電柱も立っています。
でも、土地の利用計画など、これからになります。

市の土地利用制限により、復興の湯があった場所には1年間の建築制限がかけられることになりました。

2012年1月13日金曜日

復興の湯候補地

新たな復興の湯の候補地として、陸前高田市矢作町字金屋敷地内の民家を借りることとしました。

当面は、ボランティアの皆さんの宿泊場所としての活用と、共同入浴施設の建設に向けた資金の確保等を柱として計画を組み立てているところです。

牛を飼っていた農家さんで、農業用の施設などもあります。

皆さんのアイディアを活かして、復興とみなさんとの交流拠点としたいと夢を膨らませているところです。

一部、お見せします。



懐かしい写真

復興の湯では、こんなこともしてました。

思い出してくれる方はどれくらいいるのかな。

陸前高田市には名古屋市をはじめ、岩手県や一関市などの職員の方が大勢助っ人に来てくださっています。



復興の湯では、この方々の慰労と陸前高田市民との交流の場をと考え、「復興の湯交流会」を昨年9月に開催しました。

職員の方々と、復興の湯のスタッフ、ボランティア、そして復興の湯の前にある栃ケ沢仮設住宅の皆さんと、気仙川のアユ、三陸のサンマ、松坂の「松坂牛」などを満喫しながら、若い世代から熟年の方々まで、楽しくお交流を深めました。

私たち、復興の湯プロジェクトは、陸前高田とみなさんを繋ぐ懸け橋としても活動を継続してまいります。

近いうちに、第二弾の交流会を企画中です。

2012年1月7日土曜日

みなさん、ありがとう

全国から、たくさんのご支援を頂きました。

復興の湯プロジェクトでは、現在ホームページを作成中です。

それまでの間に、ブログで少しづつですが写真を紹介します。

第一回は、岩手県西根町の「はっとの会」の皆さんが、お蕎麦の炊き出しに来てくれました。

一部紹介します。




心も体も、ほっとするお蕎麦でした。

年賀状ありがとうございます

みなさん、年賀状ありがとうございます。

思いがけない反響

年賀状に使用した写真が思いがけない反響です。

みなさんからの年賀状に、「笑顔がとても元気で、力強さを感じました。」とのお返事が多くいただいています。

これからも、笑顔が続くよう復興の湯プロジェクト一同頑張ります。

みなさんからの、お便りに勇気づけられていました。

ありがとうございます。

2012年1月6日金曜日

素敵なエピソードが届きました

金子さんから素敵なお話を伺うことができました。

縁って、本当に不思議で素敵なものですね。


では、ご紹介します。


◇◇◇

余談になりますが、不思議な縁のお話です

以前、復興の湯を閉じるときに、奇跡の松の写真とお手紙を
いただきましたよね。マンション住まいですので、ポストから
家の玄関までは、距離があります。
ポストから封筒を取り出し、その場で封を切ったのですが、
手紙に気づかず、写真に見いっているうちに、手紙を落として
しまったらしいのです。手紙の存在にまったく気づかず家に
帰ってしまったのですが・・・

その夜、その手紙を届けてくれた方がいました。封筒から出て
しまった手紙ですので、部屋番号も書いていないし、なぜうちが
分かったのかと不審に思っていると、なんとその方は、陸前高田で
ラーメン屋をやっていた方で復興の湯にも何度かお手伝いに
行かれていたそうです。

そこで、ファイルに整理された支援物資の伝票の中に
自分が住んでいるマンションの人(私のこと)から物資が届いていると、
携帯でその伝票の写メを撮って保存してあったのだそうです。
その写真を見せていただくと、確かに私の送った荷物の伝票でした。
手紙に書いてあった、私のフルネームと復興の湯の文字に、
すぐにあの人じゃないかと思い、写真で確認してくれたそうです。

この広い東京で、それもここのマンションだけで千世帯近くあると
いうのに、復興の湯に関わった、まったく知らない者同士が会える
なんて、不思議な縁だなぁと思いました。他の人が拾っていたら
届かなかったかもしれません。あまりの驚きにお名前を聞くのも
忘れてしまいました。

そしてなにより、あのような状況の中、荷物を出したら捨てられてしまっても
おかしくない伝票をきちんと整理されている復興の湯の方々に頭が
下がりましたし、お年賀状までいただけるとは思ってもいませんでした。
改めまして御礼を申し上げます。こちらこそ、ありがとうございました

復興の湯が再復興されたら、ぜひぜひ入りに行きたいです。

                      金子 由紀恵

◇◇◇◇

みなさんとのご縁を今後も大切にしていきたいと、改めて感じています。

ありがとうございました

復興の湯から、ささやかな年賀状ですが出させていただきました、嬉しいメールが届いています。

金子さんから承諾をいただきましたので掲載します。


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お年賀状ありがとうごさいます。新聞記事で復興の湯が
終わったことを知り 、皆様方はどうされているかと思って
おりましたが、笑顔の皆様の写真を見て安心いたしました。

昨年6月に福島いわき市へ、8月に仙台に行きました。
陸前高田までは、遠くてなかなか足が伸びませんでしたが
今年の夏あたりには、行ってみたいと思っています。

温泉を掘るプロジェクトができたのですか?成功を祈っています

そのあたりは、雪は深いのでしょうか?体調に気をつけて元気で
お過ごしください。
                  金子 由紀恵


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金子さん、あたたかなメールありがとうございます。


陸前高田市のお正月はとても穏やかな気候でした。

雪もなく、年末に比べると少しあたたかな感じでした。

北日本の大雪も、陸前高田の被災地を避けてくれているようです。

ただ、昨日あたりから雪は降りませんが寒さが厳しくなってきました。

今後、ブログの充実を図ってまいりますのでよろしくお願いします。

2012年1月3日火曜日

明けまして、おめでとうございます。


新年明けましておめでとうございます。

昨年は、皆様に本当にお世話になりました。

年賀状も用意いたしましたが、匿名の方々も多く、ご支援いただいた皆さん全員に出すことはできませんでした。

改めて、ブログ上でご挨拶いたします。

本年は、新たな体制で「復興の湯」再興を目指します。

矢作町金屋敷地内に、復興に湯を建設します。

また、温泉採掘事業、全国に皆様にご支援いただいたことへの感謝として様々な企画をいたしております。

昨年同様のご支援とご協力をお願い致します。

  陸前高田市 復興の湯プロジェクト一同